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母の日を作った アンナジャービスの後悔

健康

5月の第2週に指定されている母の日の創設者と言われているアンナジャービスさんは、母の日が母に対するささやかな感謝とお祝いをする日だと思っていました。

しかし、母の日が商業化されることに恐怖を感じ、母の日撤廃運動をおこなっていました。

本日の記事:

Anna Jarvis: The woman who regretted creating Mother’s Day
アンナジャービス:母の日を作った後悔

母の日起源

海外ニュース翻訳
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アンナジャービスさんは13人兄弟のうちの1人でした。

Sam
Sam

そのうち成人したのは4人だけで、直接の子孫は1980年で絶えているわ

アンナジャービスさんの母親を祝福する日というものは、アンナさんの母親であるアンリーブスジャービスさんから受け継いだものでした。


アンリーブスジャービスとアンナジャービス

「アンリーブスさんは彼女の人生を子供たちの世話をすることに費やしており、母親という仕事が認めらることを望んでいた」と歴史家のキャサリン・アントリーニさんは言います。

アンリーブスさんは「いつか、誰かが、母親という比類なき奉仕を祝福するための日が設立されることを願っている。母親はそれを受け取るに値する」と述べたと言います。

彼女は、とある協会で、主にウェストバージニア州のグラフトンを襲った病気が理由の乳幼児と子供の高い死亡率を下げようと試みました。

そこで彼女は、飲料水を沸騰させることの重要性など、衛生について学びました。協会主催者は病気の家族に薬と物資を提供し、必要に応じて全世帯を隔離して流行を防義ました。

アンリーブスさん自身も13人のうち9人の子供を亡くしました。

1905年にアンリーブスさんが亡くなったとき、悲しみに襲われたアンナさんはアンリーブスさんの夢を叶えることを約束しましたが、記念日に対するアンナさんの考え方はまったく異なりましたとアントリーニさんは言います。

アンリーブスさんは全ての母親に対する祝福の日のつもりでしたが、アンナさんは一番の母親、つまり自分の母親を祝福する日だという考えでした。

最初の母の日

アンリーブスさんの死から3年後、グラフトンの教会で最初の母の日が祝われました。アンナさんは、母が亡くなった5月9日に近い、5月の第2日曜日を母の日としました。アンナさんは、母親のお気に入りの花である何百もの白いカーネーションを、出席した母親に配りました。

1910年に母の日は正式にウェストバージニア州の休日になり、1914年にはウッドロウウィルソン大統領によって正式に国民の休日に指定されました。

母の日の成功の大きな要因は、その商業的魅力でした。 フラワーショップ、メッセージカード店、飴産業は母の日にかなりの利益を出します。

母の日の設立者 母の日が嫌い?

But this was absolutely not what Anna wanted.

absolutely:完全に、絶対に


海外ニュース翻訳
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アンナさんはその日が商業目的で利用されることを全く望んではいませんでした。


カーネーションの価格が急上昇したとき、彼女は花屋を非難するプレスリリースを発表しました。お祝い?」 1920年までに、彼女は花をまったく購入しないよう人々に求めていました。


「アンナさんだけは母の日から利益を得ようとするような頃はしなかった。できるはずだったのにしなかったのだ」と言われています。アンナさんと妹のリリアンさんは、父親と兄弟のクロードさんからの遺産を受け継いでいたが、アンナさんは母の日の商業化を食い止めるために財産を費やしました。

さらにに、アンナさんは母の日が祝日になる前から、「5月の第2日曜日、母の日」というフレーズに著作権を主張しており、許可なく使用した人を訴えると脅迫していました。

時々業界の人々は、アンナさんの著作権の主張を回避するため、”Mother’s DAY”ではなく所有格の複数綴りである”Mothers’ Day”を意図的に使用することがありました。1944年に書かれたNewsweekの記事には、彼女が33件の訴訟を起こしたと書いてあります。

彼女はその時までに80歳になっていました。ほとんど盲目で、耳が聞こえず、貧困に苦しみながらフィラデルフィアの療養所で過ごしていました。
長らく、花業界とカード業界がアンナさんの入院費などを密かに払っていたとされていますが、それが事実かどうか確認することはできません。
歴史家は、「彼らが本当にお金を支払っていたと思いたいのですが、ただ話を良くしただけで本当ではないかもしれません。」と語っています。

アンナさんは療養所に入る前に、フィラデルフィアで各家を回り、母の日の取り消しを訴えるための署名活動を行っていました。彼女が療養所に入院した後、リリアンさんは家の暖房で一酸化炭素中毒になり亡くなりました。当時の警察によると、家の中はとても寒く、天井に氷柱ができていたそうです。そしてアンナさん自身も1948年11月に心不全で亡くなりました。

血縁者も母の日を嫌っている

アンナさんのいとこ(エリザベスバーさんの叔母)の一人であるジェーンアンケファーさん(86歳)は、アンナさんが反商業化運動に取り付かれていたと考えています。

ジェーンさんは、「アンナ達はそれほど裕福ではなかったと思いますが、持っていたお金を完全に使い果たしてしまいました。とても恥ずかしい事です。私は他の人々に、”家族はアンナのことを気にかけていなかった”と思われたくありません。」と語っています。

アンナさんの家族は、アンナさんが生きてる間に彼女を助けることができなかったかもしれませんが、別の方法で尊敬の意を示しました。数世代にわたって母の日を祝わなかったのです。

ジェーンさんは、「私たちは母の日がとても嫌いでした。なぜなら、母の日について否定的なことをたくさん聞いていたからです。母の日を祝う事が良いことだとは知っていましたが、花束を買ったり豪華なディナーへ行ったりすることはしませんでした。」

ジェーンさんは母親として、フィラデルフィアにある「母の日の記念碑」の前でアンナさんについて考えることもあったそうです。

またジェーンさんは、母の日対する自身の考え方を変えました。「母の日には愛があって感動的だと思います。アンナが望んだように、人々は自分の母親を思い出すことができるからです。家族が何世代にもわたった後、母が言った否定的な言葉は全て忘れてしまいました。私自身も、子供たちから連絡が無いと怒ってしまいます。」

ジェシーさんの妹であるエミリーさんも、時間と共に母の日に対する考え方を改めていったそうです。エミリーさんは、「自分の子供が母の日のプレゼントを持ってくるまでは、母の日がどういうものなのか全く知りませんでした。私たちの母親は”毎日が母の日だ”と言っていました。」

エミリーさんは長い間、母の日に対する当初の意図が妨げられていたことを残念に思っていました。しかし最近では、子供を持つ義理の娘にカードを送っているそうです。

現在の母の日

This year many families won’t be able to treat their mothers to flowers or a day out and instead will celebrate Mother’s Day via a video link, because of the lockdown.

instead〜:〜の代わりに

Sam
Sam

今年の母の日には、多くの家族がロックダウンの影響を受けています。花を贈ったり一緒に出掛けたりする代わりに、オンラインで母の日を祝っているわね

アントリーニさんは、アンナさんたちは簡素化されたお祝いに満足していると考えています。またアントリーニさんは、伝染病のベテランであるジャービスさんが母の日クラブを復活させるのではないかと考えています。人々がお互いに助け合うためです。

アンナさんは、母の日の買い物は元の考え方とズレていると考えていました。しかし、このような状況では買い物の機会が減ります。考え方が本来のものに近づくので、アンナさんもきっと喜んでいるでしょう。

  

本日の英語学習

では本日の英語学習に入っていきましょう。

BBCの記事からの引用になります。

By then she was 80 and almost blind, deaf and destitute, and being cared for in a sanatorium in Philadelphia. 

https://www.bbc.com/news/stories-52589173

By then:その時までに
she was 80:彼女は80歳だった
and almost blind,:ほとんど盲目で
deaf and destitute,:耳も聴こえず貧困で
and being cared for in a sanatorium:療養所で介護されており
in Philadelphia. :ペンシルベニアで

直訳:
その時までに、彼女は80歳で、ほとんど盲目で耳も聴こえず貧困のままペンシルベニアの療養所で介護されていた。

意訳:
その時彼女は80歳を超えており、ほとんど盲目で、耳が聞こえず、貧困状態のままフィラデルフィアの療養所で介護されていました。

気を付けたいワード by then

“by then”は「それまでに・その時までに」という意味があります。

ちなみに、この”by then”は未来形にも使うことができます。

便利ですね!  

まとめ

いかがでしたでしょうか?

母の日の設立者が現在の母の日の様式を嫌っているというのは驚きですね。

訴訟を起こしてまで、商業化を食い止めたかった彼女の想いも我々は組んであげないといけないのかもしれませんね。

それでは次回の記事でお会いしましょう❗️

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